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2008年07月 アーカイブ

2008年07月01日

正観音様からのガイダンス 4

宇宙の摂理 機軸 真理

正観世音菩薩様はすべての事象、あらゆる在り様をそのままに見
据えることから、真の道行を説かれてゆきます。
聖なるシナリオでは創造主様の神意識と重なりゆく宇宙の機軸を
尊び、あらゆるものは創造主様の慈悲慈愛の差し出しにより導
かれ育まれておられますことを学んでゆきます。
そのことは森羅万象のみらず、意識宇宙をも含めた全宇宙を容認
し、バランスを灯した公平な視野に立つことを養われます。
正観音様は個々の本質に添われますことを重視なさり、皆が皆一
律な手法では見開かれないことを見通されます。
最も育んでおられますものが宇宙の摂理であり、機軸・真理であ
つことをお伝えになります。
それらのことを悟るには、意識を高らかに昇華してゆくことが大
事であるとお説きになるものです。

[ 正観音様からのガイダンス aa ]

宇宙仏教ガイダンス 3

具現の必需性

正観世音菩薩様をはじめ高次の神聖は、ただ祈りゆくことを越えて聖なる
ご示唆・ご提示のみならず、自らを差し出され聖なる愛の具現に着手なさ
っておられます。
このラインでは具現の参集と申され、限界を超えた慈悲慈愛の見開きへと
高次の手足となり実現してゆく方向に聖なる開きが訪れますことを説かれ
ます。もはや具現のときなのですとお伝えになります。
今私共に宇宙の仏界のすべてが見渡され手法の全容が届けられていますも
のではなく、この灯火と共によりそれは具体化し実現してゆくとお伝えに
なります。しかし無作為に伝導してゆく必要性はお説きになりません。す
べては意識の深奥による聖なる循環がございますことをお示しになられます。
今この星の状況で一つの御教えしか昇華をいざなわれないものではなく、
すでに聖なるグループである高次的なサークルはあり、それに添い聖なる
参集を織り成してゆきますことこそに全体を共に引き上げゆくことが可能
となりますとお伝えになります。
祈りを越えて、自らは如何なる果たしを持ち、聖なる本質は如何なるもの
かを明らかにするのみならず、それをこの世界で実現してゆきますことは
全体への灯火へと連なりゆくことを強調なさいます。

{ 正観世音菩薩様監修 宇宙仏教  aa }

正観音様からのガイダンス 5

聖なる使命の参集

高次宇宙には、次元に即しハタラキに応じた聖なる意識連動があるこ
とをお伝えになります。この星で申し上げますならば、家族・学校・
仕事関係・国籍等、個々に所属されます枠組みがあられますように、
次元を超越した高次にも共時による引き合わせでの参集があられます
ことをお伝えになります。
正観世音菩薩様は宇宙の仏界に即しておられますが、しかしそれのみ
の連動ではなく、他の神聖意識とも全体への昇華へのため広くお関り
をもたれておられます。それは他の神聖意識も同様に、全体への融合
のために連動なされおハタラキになられておられますことが伺われま
すものです。
すべては創造主様からの一連なりであり、すべては一斉に昇華の最中
にあるものとお伝えになります。しかし闇雲に皆が皆無秩序に手を結
びゆく方向にワンネスがあるものではなく、それは見えないところで
聖なる規律があり、全体で既に導かれておられますこともお伝えにな
ります。
皆意味があり、その地に生まれその家族を選び来られましたこともお
告げになります。それのみならず、個々には高次の意識連動が既にあ
られ、それが明らかとなられます方向に本来のシナリオである聖なる
参集・聖なる具現が開始いたされますことをお伝えになられます。
正観世音菩薩様はこちらで一つの参集を明らかになさることを意図な
さり、私達はその手足となるべく、ここに自らの使命を展開している
ものです。

[ 正観音様からのガイダンス aa ]

宇宙仏教ガイダンス 4

精進ということ

正観世音菩薩様は、三次元意識が迷い・雑念が多いと申されますより、
枯渇が多いのだとそのようにお諭しになられます。
精進をする・極めると申しますことは、自己を諫めるために成すものでは
なく、自己を根底から救済し、枯渇を潤し、そして他者それは人のみなら
ずすべての在り様を尊び慈しむために見開いてゆく道行でありますとお伝
えになります。枯渇の度合いや傾向は、個性の如くに人それぞれに違われ
ますものです。一律に同じ手法を用いられましても、一斉に見開くという
法はないものですとも仰せになられます。精進と申しますものは、まず自己
に気づかれる・見通されます方向に扉があるともお伝えになります。
聖なるシナリオでは、個性は尊重なさいます。しかしより三次元個性を超
越された聖なる個性にこそ、光をお当てになられます。私共は出家等の三
次元戒律のご示唆はいただいておりません。高次的な手法を用いられての
循環なのです。また私共は三次元仏界・仏教を極めておりますものではご
ざいません。そのことを真摯に申し上げ、しかしこれらのご提示はすべて
正観音様の神聖のお運びでいらっしゃいます。
精進とは、慈悲慈愛の見開きへの経緯のひとつなのですと仰せになられます。

〔正観世音菩薩様監修 宇宙仏教  aa〕

正観音様からのガイダンス 6

全体と共に在ること

全体はひとつであるということは昨今よく謳われ、そうであることを
理解されはじめられました方々も少なくないと見通されます。
しかしそれを真底から実感おできになれない間は、確信を持つことは
不可能となりますと申されます。
悟りとは頭で理解することではないと正観世音菩薩様は仰せになられ
ます。肉体をも含めて根底から体現し、納得を超えた理解を伴なうも
のなのですとお語りになられます。
瞬時にワンネス(全体はひとつであること)を体感おできになりましたと
しても、、瞬時にまた冷めてしまいますものならば、それは束の間の光
の夢となってしまいます。
正観音様は、悟りとは幻想的な方向ではなく根源的に地に足をつけて
鮮やかに見開くことであり、それは現実世界に根づき昇華を伴なう意識
の歩みでありますとお説きになられます。
全体はひとつでありますことを頭脳を越えて悟りゆくこと、それは日々
の意識の昇華がやがてそれを真実として摂理的に感知しはじめるものな
のですと仰せになります。

[正観音様からのガイダンス aa]

2008年07月02日

宇宙仏教ガイダンス 5

意識の昇華

この星のみならず、全ての意識は連動して昇華の最中にあるとお告げにな
られます。それは全体へと向かいゆくために深奥で皆一連となりて育まれ
ていますと申されます。意識の昇華とは果てしない根源的な目的であり、
正観音様であられましょうとも、他の神聖であられましょうとも、皆同じ
意識の更なる昇華の最中にありますとお伝えになられます。
私達は慈悲慈愛(無条件の愛)へと見開き、三次元を超えてゆくことを一つ
の経緯としているようです。しかし既に大いなる神聖は、より愛や叡智を
差し出されますことによって聖なる昇華をお遂げになります。しかし常に
全体で調和がはかられ、すべてはひとつでありますが故に、美しい引き上
げがなされておられます。
意識の昇華により、鮮やかな大いなる視野を授かり、意識宇宙を含めたす
べての宇宙の在り様が如何なるものでありますかを体現してゆくことが可
能となります。曼荼羅の構図を自らの真髄で確信することが可能となりま
すと申されます。しかしそれは一つの宗教の構図を遥かに超えて神聖の全
体が鮮やかに輝いていることを知るでしょうとお伝えになられます。
皆何かの神聖に深くお関りをもたれておられますとお告げになられます。

{ 正観世音菩薩様監修 宇宙仏教  aa }

正観音様からのガイダンス 7

愛するということ

正観世音菩薩様は高次的な愛は、三次元的な愛とはかけ離れていますとお
説きになります。この星で最も尊重され、求められていますものが愛です
が、愛とは求めるものではないとお語りになります。捧げゆくことに本来の
愛の本質がありますとお話しになります。
聖なるシナリオでは、本来の愛とは如何なるものかを明らかになされ、その
実現へと向います。つまり求めますものではなく、聖なる愛の捧げへと具現
して参ります。しかしそれは自己犠牲である筈はありません。真なるものは
すべてを同時に引き上げゆくものなのです。それはまた三次元的献身とも
違われます。聖なる愛は、私達の見開き足りない枯渇した意識が求める
愛とはかけ離れて大きなものです。遥かに強いものです。
そのことに気づき見開きを受けてゆきますことは、根底より揺るがない自己
を形成してゆく轍ともなります。

[正観音様からのガイダンス aa

2008年07月03日

宇宙仏教ガイダンス 6

高次の在り方

高次にはお金の循環も食事を得ることもありませんとお語りになります。
その必要はないのですとお説きになられます。それは三次元世界の特質の
ようなものですと。しかしもしも高次の神聖意識がこの地に集結なされて
社会を形成なさいますならば、全体を如何に慈悲慈愛・無条件の愛で満た
し循環するかの叡智の構図となりますでしょうとお奏でになられます。
愛で満たされ既に超越なされた神聖意識には、勝敗や成功や飢えや悲しみ
・苦しみも共時の逸れたものとなられ、正観音様のような神聖には全く私達
とはかけ離れた視野・ご意図・轍がおありです。
聖なるシナリオでは正観音様は、その高次的な社会の構築へと先ずは意識
の変容・変換を促して参られます。それは三次元的な革命ではありません。
意識の昇華による慈悲慈愛の構図の具体化へと向いゆくことを、覚醒の手
法に用いられます。聖なる平和とは、個々の意識の昇華なくしては慈悲慈愛
の目覚め・叡智へは決して辿れなきものであり、遥かなる道行となりますこと
をお説きになります。

{ 正観世音菩薩様監修 宇宙仏教  aa }

2008年07月04日

聖なるシナリオの言葉遣い

聖なるシナリオのラインの言葉は、現代三次元的には丁寧で、全体
的に古風な語り口調になっています。
この様な言葉は一般的には今はあまり使われなくなり、私自身も以
前は日常的に煩雑な言葉を使い、全体を尊ぶという認識も今とはか
け離れたものでした。高らかなるハイアーセルフと繋がりましてから
は、高次の周波数で語らせていただくと自然と丁寧な尊びの言葉に
なってゆきました。
正観世音菩薩様を始めとされます高き高次には尊びの音色しかなく、
高からかなるハイアーセルフもやはり尊びの周波数ですので意識を
移行するとこのような奏でになると谷口倫子さん(私達は示唆により、
普段はお互いに様付けで呼びあっています)からも伺っています。
又他のメンバーの方も同じで、それは理屈を超えたものであります。
私達は高次の尊びを学び、自然と意識を移行しています。

聖なるシナリオインフォメーション  bb

正観音様からのガイダンス 8

公平であること

公平であること、それを貫くことがお出来になる方がいらっしゃいますなら
ば、それは神聖の域に近いでしょう。何が公平でなにが不公平であるのか
は、宇宙の摂理や真理に添わない限り見通せるものではないと仰せに
なられます。社会情勢のこと、貧富の差等の様々な立場から人は公平か
否かをお唱えになりますが、その深奥の宇宙の機軸の大いなる意図を見通
せない限り真なる公平とは如何なるものかを紐解くことはは図り知れないと
お伝えになられます。平たく申し上げますならば、私たち三次元意識の人は
三次元的な傾斜を担い、概ねの存在が真なる公平とは如何なるものかに
気づかず、個々の主張を唱えておられますとお伝えになられます。個々の
主張に適うものが公平であり、意に沿わない角度を不公平であると唱えて
おられます方が殆どでありますとお伝えになられます。神聖は自らのご都合
を中心にお据えになられません。常に全体を引き上げゆくという視点にお立
ちになられます。そうでなければ神聖であられますことの共時から逸れて
おしまいになられます。真なる公平とは正に高らかな高次の視点であり、
この星の平和の要となる見開きですとお伝えになられます。

[正観音様からのガイダンス aa]

宇宙仏教ガイダンス 7

自己還元(我欲)を越えて全体へ

高次には自らのみの成功や幸福を願うという構図はありませんとお語りに
なります。全体を担いゆくことが高次の在り様でありますことをお説きに
なります。我欲というものは自己への固執・枯渇から生じくるもので、聖
なるシナリオでは高次的な・視野・意図とは如何なるものかを、正観世音
菩薩様のご指導の元に個々が見開いてゆきます。このラインでは個々の
成功や幸福を叶えるための昇華ではありませんとお伝えになられます。
それらを超越して全体へと向かいますとき、根底から慈悲慈愛の大いなる
変容は来るものです。自己にのみ与えようとなされています間は真の見開
きへは到達できないとお伝えになられます。見開きとは自己にも全体へも
共に捧げ、大いなる慈悲慈愛と尊びのなかへと昇華してゆく在り様ですと
お語りになります。その実現にこそ意義がございます。

{ 正観世音菩薩様監修 宇宙仏教  aa }

2008年07月05日

インターネットによる連動

高次は慈悲慈愛の連動です。
聖なるシナリオではこの高次の慈悲慈愛の連動に添い、
三次元におきましてもインターネットを通じての速やかな
意識間連動を実現してゆきます。
悟り・覚醒には日々の意識の練り上げが欠かせません。
また学び連動するのにどこかに参集しなければ出来ない
という時代でもありません。正観世音菩薩様は一つの手法
として、インターネット通信を通してのご指導と連動を打ち
たてられました。高次の意識による連動のあり様は瞬時で
あり境界もありません。情報通信ネットワークが飛躍的に
発達した時代のなかで、今までの既成の枠を超えた新たな
体系を築くことが可能であると伝えられます。決して参集
しないわけではありません。しかし様々な限界を超えて日々
連動し極め行くことが確実に覚醒へと向かう道行であると
申されます。インターネット通信による新たな体系は時間と
距離を超越して慈悲慈愛の循環を加速させて参られます。

聖なるシナリオインフォメーション   28


2008年07月10日

聖なるシナリオの貢献

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聖なるシナリオの貢献

聖なるシナリオの貢献は長いスタンスをかけての取り組みとなると伝え
られています。地球は未だ愛の枯渇の周波数を漂わせています。
正観世音菩薩様はこの星の次元の昇華をお捉えになられ、そこに向け
ての調整であることをお伝えになります。
また自らも宇宙の高らかな融合にお関わりになられます神聖として、
すべての情報・英知・循環は創造主様の源より開始なされておられます
ことをお説きになります。

聖なるシナリオの貢献とは、三次元世界を尊びながらも弱肉強食の地球
的連鎖からの昇華へと向いゆく方向にあります。慈悲慈愛に開かれた
聖なる価値観への移行にあります。
枯渇した三次元意識では限界のあることを見通し、意識の超越により聖
なる平和へと向いゆくことを始めゆくことにあるとお伝えになられます。

この星の聖なる平和とは簡易に成せないことは明らかであり、時間はか
かるものです。実を取るために成すものではなく、種を蒔き育み続けるこ
と、継続してゆくことを開始することを導かれます。
しかし、伝導ではありません。正観世音菩薩様の手法は、聖なる参集で
あり、運動や勧誘・伝導を行われますようにとは決してお諭しにはなりま
せん。摂理に添うことを尊びとされ、宇宙の機軸であり・真理である摂理
的な流れを無理やり開けるものではなく、意識の昇華による高次的な展
開を築くことを促されます。そのことは具現者の意識を濁らせることなく浄
化しますが、今の時代、純粋なものは埋没しかねません。三次元世界で
は純粋であることは力・英知なく循環が困難であるかの如くに捉えられて
いますとお伝えになります。三次元世界で勝ち残るには純粋であるよりも、
濁っても勝ち進んでゆくことに現実が勝利を授ける構図が既にあるかの如
くに捉えられています。

しかしそこに三次元視野の限界があり、如何に高次は三次元意識より遥
かに純粋であるけれども、英知・力・すべてに於いて先導がなされている
かを人は気づかないだけであることをお伝えになります。
聖なる公平・バランスの視野のなかで真なるものを捉えゆくことを正観音
様はここに一つの提示をなされておられます。

聖なるシナリオの運営・循環は、慈悲慈愛の高次の導きですべてが先
行なされています。この三次元的循環には共時しない部分も少なくは
ありません。私達へは三次元意識の所望のままに掴みたいものを掴み
勝ち得てゆくことを超越し聖なる循環を展開することをご指導なされます。
それを越えた回路を築きゆくことに使命の遂行を促されます。

今の時代はビジネス回路が主であり、それは尊び受け入れながらも、
それを超越したところに聖なる循環はあり、意識の昇華による慈悲慈愛
の連動は築きゆけるものだとお説きになります。
それは答えを授けられてから実現するものではなく、私達自身の意識の
昇華によりそれらを模索し、高次的な世の見開きへと実現へと無から有
を創造してゆくのがこのラインなのですとお伝えになります。
慈悲慈愛の神聖は簡単に答えをくださいません。しかしいざなわれます。
愛に枯渇した三次元意識の根底からの意識の昇華は、すべてのあり方
を変容し移行してゆきます。悟り・覚醒には無限に段階があり、修了とい
うこともありません。

この星の根底からの昇華へ向けた聖なる価値観への見開きが最も大事
ですともお奏でになられます。私達は三次元的価値観に固執し傾倒し、
そこからすべてを見渡そうとしています。真理は三次元世界を全体の中
心に据えた視野からでは決して到達できないことは明らかなものです。
正観音様は真摯に真理をお伝えになります。

私達は神聖意識に出会わせていただきましてから根底から変わりました。
人の視野を遥かに越えられたその高き見地からは、それまでには考えも
及ばない光の道行へと導かれ、また自らも個々のハイヤーセルフと共に
本来の聖なるシナリオへと辿るべく轍のない道へと歩み進んで
いるところです。

聖なるシナリオの貢献は、高次的回路をこの星に定着させて、大いなる慈
悲慈愛の価値・循環を育んでゆくことにあります。しかしその手法をもすべて
高次意識により進め、今の時代ではまだ定着しにくい聖なる循環を轍なき
道を歩みながら進めてゆくことになります。

聖なるシナリオガイダンス 2

悟り 覚醒による聖なる使命の貢献者

正観世音菩薩様は、聖なる使命の保持者による参集を意図なさいます。
その意味は、選ばれた方を結集するというという意味では全くありません。
また此方が選ばせていただくという主旨でもございません。

人は生まれこられる以前から今生の果たしの方向を携えてこの星に位置
なされていますと仰せになります。しかし三次元世界の循環のなかで皆
本来の自己を見失われています。

私達メンバーは初期の頃、広くより多くの方々と共に連動をしたいと意図
を立てたものです。しかし正観音様をはじめこのラインのなかで、そのこと
にどれ程の意味があるのかを問われつづけられました。人はできるだけ多
くのものを手に入れたいと無意識に思うようです。一人でも多くの方と知り
合いたい。認められたい。所有したい。そのような願いは何方にもあるもの
だと思われます。全体はひとつですから、境界線もなくどなたとでもわかち
合うことがワンネスに連なる道行であると疑いませんでした。

しかし正観音様をはじめ大いなる神聖は、三次元意識が求め好むような道
行を窮めつづけることが聖なるシナリオであり、悟り・覚醒・真理への到達
ではないことをお説きになります。人は三次元意識のみが自己であると思
い込んで疑われません。本来の大いなる自己である意識が何を意図され、
既にどのような回路・縁をもたれておられますかに気づこうとなさいませんと
お語りになります。人のみならずすべての存在・それは生命あるもののみな
らず、皆深奥の大いなる意識と連動なされておられますとお伝えになります。

私達は三次元では三次元意識の思いに任せて物事を判断し、行動し道を
歩みますが、真に高らかな本来の自己と繋がりをお持ちになられましたなら
ば、かけ離れた高い視野からの見通しで本来の聖なるシナリオへと向われ
ますものですとお伝えになります。正観世音菩薩様は人の意識を本来の聖
なる自己へと昇華されない限り、枯渇した思いはつづくものですと仰せにな
ります。

聖なるシナリオでは、三次元意識を超越した高い見地での本来のシナリオ
に基づく参集を求められます。またそのことからあらゆる角度に高次的な光
の筋を通しゆきますことに意義を見通されます。この星の平和は、枯渇した
三次元意識の英知では真なる具現は果たせず、枯渇した意識はまた枯渇
を創造なさるとお伝えになります。

聖なるシナリオでは意識の昇華による新しく慈悲慈愛に開かれた英知に
よる平和への取り組みを意図してゆきます。


正観世音菩薩様からのご啓示

正観世音菩薩様のお言葉  聖なる 轍  

 「 聖なる轍とは、自らの本質に立ち返られます経緯を越えて辿り着かれ
るものです。人はこの星で惑い・また自らの目標なるものを掲げられてそ
れを掴み取ろうと格闘の中で生きておられますようなものです。
真なる個々の道筋がどこにあるのかを見通しきれずにただ惑われておら
れますことに我等高次の聖なる意識は常に申しあげるものです。自らが
自らの行く道に意識の経緯の筋をお通しになられなき限りは常に迷路は
つづくものですと。

機軸というものは、(それは宇宙を貫かれます循環の法則であります。)
何事にも公平であり全体に渡りているものです。人は表層のみを捉えて、
それは幸福であるとか不幸である、なかには罰が当たったものであると
捉えられます。しかし遥かなる高らかさから我等が見通しますならば、す
べては非常に大きな経路のなかで育まれておられます最中であると申
すものです。

我等の価値はこの星の小さな個に固執なされた枠をかけ離れて超えた
ところにあるものです。人は個に固執し、自らのみを救おうとなされます
が故に救われません。この星の小さな意識は個の救済から未だ昇華を
成されておられません。小さなことです。人が如何に誰かより優れゆくか
を例え多勢のなかで鮮やかに証明をなされたといたしましょうとも、我等・
また真に神ちかき高次にはそれらの小さなこの星の誉れなるものをその
ままに聖なる誉れとはまた別なる視野で捉えゆくものであることを告げま
しょう。賞賛を求められますならば、自らを真には称えておられません。
その枯渇は他者からの誉れを求めゆくことにより癒されますことを自らへ
与えようとなされておられますと伝えましょう。

この星の道理なるものは、未だ聖なる域に到られてはおられません。
この星の慣習・意識の在り様を我等は決して否定しているものではあり
ません。しかし未だ聖なる成熟にいたられておられなきことを真に伝えゆ
きましょう。

悟り・覚醒と言葉で如何にそれを望まれましょうとも、真なる極めとは意
識の根底からの昇華であり、個々の小さな所望・成功を掴みゆくことを遥
かに越えた聖なる本来の慈悲慈愛・無条件の愛へと立ち返られますこと
です。そして聖なる強さを持たれて、未だこの星が到達しえておられなき
聖なる融和・聖なる根底からの平和への聖なる礎となり、自らをも他者を
も真に公平に共に引き上げながら、より聖なる高き英知を紐解かれことを
告げましょう。

この星のみならず全体(全宇宙)の意識の連動に添われながら、本来の聖
なる使命・聖なる自己の果たしへと目覚め参られ、その灯火へこそ立ち上
がり参られますことを掲げゆくと伝えましょう。それなくしてどうしてそこに
居られましょうか。

目覚められますよう。目覚められますよう。真なる道行とは根底からの見
開きなくしてどうして極めゆかれましょうか。小手先の器用なる生き方ば
かりを学びゆかれましょうとも、根源なる自己の目醒めをなさらずして真
なる道は歩みきれないと告げましょう。      正観世音菩薩 」

2008年07月22日

聖なるシナリオ 聖なる運営と展開

正観世音菩薩様によりホームページを打ち立てられ公開なされまして2ヶ
月が過ぎました。心より感謝と尊びを捧げます。

正観音様の神聖のご意図は私共とはかけ離れていらっしゃいます。
この聖なるシナリオは神事を進めるかの如くに正観音様のご意図を主にす
べての展開がなされています。間近でそれを共に織り成させていただき、私
共にはない視野・英知・エネルギー、そして何より慈悲慈愛の在り様を感じさ
せていただきます。

メンバーはこの運びにあたり、個々の縁故を一切頼らずして、ただ一からの
スタートをいざなわれました。それは2年に及びます。私共の人生は根底か
らの変容をいただき、しかしまだすべては始まりだしました駆け出しのなか
にございます。
正観音様をはじめ高次の神聖や大いなる聖なる方々のご意図は、私共には
読みきれる筈もありません。

しかしその意識と共に連動し、その大いなる神聖が具現を意図なされておら
れます融和の方向へと、ツールとなりますことを心がけるのみです。神聖は
完全に全体のなかにお在りで、すべてに公平でいらっしゃいます。かけ離れ
た英知は、具現を開始なされてから日々橋を自ら架けてゆかれます。

新たなブログ「正観世音菩薩様・聖なるお言葉」のランキングへの投稿もは
じまり、縁をもたないこのラインに自らのご意図で循環をはじめておられま
すが、決して投稿がご意図ではなく、融和への具現のための運びであられ
ますことをお伝えになります。

しかしブログの正観世音菩薩様のメッセージは聖なるシナリオのラインを遥
かに越えて、全体への慈しみをお奏でになっておられます。
お伝え足りないところがございますならば、それは私共の見開きの不足で
あり、実際に正観音様のエネルギーは余りにも高らかでそのすべてを奏で
きれるものではありません。

今正観音様と共に居らせていただき、しかし正観音様は広域に存在なさり、
また他の大いなる神聖も各々の位置で今非常に導かれておられますことを
感じ入れるものです。このラインの真なる方向・意図は私共にはそれ程に見
えてはおりません。

私共は自らは聖なる自己を打ちたて、自己具現を果たしながらも、より大い
なる慈悲慈愛の高らかな英知の神聖のご意図の元に全体へと捧げゆくこと
を(まだその域ではございませんが)、はじめながら、またこの正観音様の
周波数がどなた様かの聖なる意識と共に交差してゆかれますことを見通し
ゆくばかりです。
大いなる運びに心より、感謝と尊びを捧げます。

仏教ガイダンス 8

慈悲慈愛という基本

慈悲なるものは慰めではありませんとお語りになります。

慈悲なるものとはすべてのありとあらゆるものへの無条件の許しであると
お伝えになられます。

しかしその許しは生長をとどめるものではありません。その許しはすべてを
昇華へと促すものであることをお語りになります。私達は意にそわないもの
や受けつけられないものを無意識に排斥しようと動きがちになります。
しかしその方向へ進みゆくことは、より亀裂を生じゆくことになるとお諭しに
なります。

真なる慈愛とは意識の後押しであることもお伝えになります。
または引きあげることとお伝えした方が解りやすいでしょうか。
慈悲慈愛の本質へと昇華してゆきますことは、愛の根源に近づくのみでは
なく、ありとあらゆる亀列や分離・境界をとかしてゆき埋めてゆくものとお語り
になります。

この星がより根底から目覚め、三次元的枯渇の事象から超越してゆくには
何よりも慈悲慈愛への意識の開きが変容をあたえてゆく要であることを真光
でお語りになります。


{ 正観世音菩薩様監修 宇宙仏教  aa }
     

正観音様からのガイダンス 9

平和への重視

正観世音菩薩様は、平和というものを非常に尊ばれます。

これは孤立した自己からの昇華こそが大切であるとお説きになります。
ただ平和という三次元的視野では真なる平和の構築は具現なされないと
お語りになります。
そのことは意識の昇華なくしては実現は不可能となりますと仰せになりま
す。

大切なことは事象を責めるのではなく、その根底に枯渇があることを
互いに見通し受け入れ合うことからそれらは徐々に溶け合うもので、はじ
めから言い聞かせてゆく方向には平和の構築は果たせないことをお語りに
なります。

宇宙の構造・意識の成り立ちをあまりにも知らなさ過ぎますことが今の亀裂
の現状を継続していますとお伝えになります。

平和というものは直接全体と関り、また自己を超越する大きな課題であり扉
となりますとお語りになっておられます。

[ 正観音様からのガイダンス aa ]

About 2008年07月

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