三次元世界は愛の枯渇を共有している
次元のなかにあるものです。
愛に満ち足りた聖なる波動を保持する者は
わずかとなられます。
この星の常識や世論と申しますものは、
多勢である愛の枯渇のある意識の感情的な英知のうえに
広がりをもたれておられますことを伝えましょう。
人々は自らと意見の合わない者や異質の思想に対して
常に過剰なる抵抗を示しつづけておられますことを
伝えましょう。
抗体反応を起こし過剰なる砦を築かれますかの如くに
異質なるものには無意識に危険を捉えゆく方向のあることを
伝えましょう。
しかし肉体に於かれまして
抗体は種々なる病から現実に守りつづけておられます。
我等は肉体よりも、意識の方が常に先行していますことが
摂理であり、
意識の見開きは 細胞の在り様にも、より聖なる進化を
与えてゆけることを既に見通しているものですと
申しましょう。
しかし三次元意識は集団で未だ高次的昇華への道行を
押し留めておられますとも伝えましょう。
愛の枯渇である意識と申しますものは、
不信の礎にある意識でありますが故に、
一度掴まれたものを なかなかに手放し難い
性質であられますことを伝えましょう。
本質的に宇宙への信頼が薄く、不信を手放されません。
不信から皆様々な確保をなされておられます。
金銭や土地…
家族であられましょうとも、
生きてゆくための保険や担保のようなる関係が
真には少なくはないことを伝えましょう。
種々な功績の在り様も、社会の体系も、組織の制度も、
概ねが心底にある不信を払拭するかのごとくの
手法の構図であられますことを告げましょう。
もしもこの星の住民の大半が愛に満たされたる意識で
あられますものならば、
あれこれと所有なさろうとなされますことも、
保証を求められますこともなく、
もはや何をも求めずしてより愛にあふれかえる世界を
構築なされてゆかれますことでしょう。
そして、枯渇に凝縮されましたる意識と申しますものは、
我等の語りをも そのような夢ごとはありえないと
固く蓋をなさいましょう。
しかしそれこそが愛の枯渇の故であられます。
政治であれ、
宇宙への信頼薄きものは世界全体への脅威を隠されません。
恐怖の大きい三次元意識ほど、世界を先に敵対してしまわれます
ことが大半であられますことを伝えましょう。
概ね非常なる恐怖の持ち主が
国や民族を束ねゆかれますことも少なくはないものです。
安心を与えずして、
自らの恐怖をより世の現実と捉えられますものならば、
世は常に動乱となられましょう。
しかし主となられますもののみが恐怖を持たれますものではなく、
概ねの人々が共時の恐怖を所有なされておられます故であり、
その恐怖を払拭するべく、意識の昇華を成されずして、
仮想の敵を多く互いに産み出しておられますことを伝えましょう。
それらの意識は敵を倒している瞬間のみが安泰であられます。
戦争も殺人も 意識の心底に恐怖がなければ、
相手を射止めることが出来ません。
戦いの多き時代や地帯と申しますものは、
不信や恐怖の具体化であられますことを告げましょう
それらの地帯は死というものをより許容なさいますことで、
この世界最大の闇となされて疑われなき
死への恐怖や 不信から渦を巻いてくる脅威のエネルギーを
沈滞なされますまでは、恐怖の具体化はつづかれましょう。
それは、また悟りへの過程であられます。
それらは宇宙の法である摂理によって、
戴かれておられます。
闇はただ闇であるためにいざなわれますものではなく、
それもまた昇華への道行であられます。
地球は自らの代償を払われながらも、
大いなる意識の目醒めを 今日も育まれておられます。
すべての問題の裏側に
この愛の枯渇が故に引き合わされます学びの手法が
宇宙よりいざなわれていると申しましょう。
この星のあらゆる事象に、
宇宙のからの育みがあられます。
しかし未だ人は根底から愛というものを
創造しようという決意には至られません。
枯渇の感情を掴まれたまま、
慣れ親しんだ意識の方向を 手離されずにおられます。
そして、まるで愛だけを奏で構築するものならば、
それは決して生きてゆけないものだと
三次元意識の主導による神話を手離されません。
気づかれますよう。
気づかれますよう。
枯渇の意識は 愛さえも敵にまわしておられますことに。
愛のみが すべてを救う体系を築きゆけるものなのに、
それを未だに 概ねの枯渇を請け負われます人々は
いざというとき、愛よりも 不信を選ばれ、
また鎧をつけてゆかれますことを伝えましょう。
★我等はここで、聖なる平和とは、
今戦争等のあられます非常なる枯渇の地帯に種を蒔かれましょうとも、
何をも見通しゆけぬことを申し上げますものなのです。
恐怖のあられます方々は、共時の対象をいただかれますことに於かれて
そこで自らの鏡をいただかれます。
戦争等に引き合わされますすべての意識が恐怖を持たれておられますものではなく、
果たし故の灯火であられますことも少なくはありません。
しかし肉体を請け負われますことは、
どのような聖なる意識と連動なされておられましょうとも、
三次元的傾斜の影響は受けてゆかれますものなのです。
そのことは闇ではなく、大いなる学び開きとなりておられます。
戦場であられましょうとも、
飢餓の場であられましょうとも、
意識は共時にて必要なる場や鏡をいただかれ、
共に昇華の途を授けられておられますことを申しましょう。
意識の見開きには 安定なされたる地帯であられますことが、
真には 開かれやすきことに気づかれますよう。
しかしそれは、選ばれておられますという意味ではありません。
もしも非常に見開かれておられましょうものならば、
それは摂理的により複雑なる果たしへといざなわれて参られますことが
道理となられますことを伝えましょう。
我等のこの奏でを概ね お受け取られて、
あなた様はこれを読みすすめられますことが可能であられますことに
自らの見開きの概ねを見通されますようと伝えましょう。
我等は人に合わせて申しゆきますものではないものです。
人の意識が我等高次へとより自らを打ちたてられますことを
真摯にいざないゆきますことが 本筋でありますことを告げましょう。
我等の真意は、
誠に平和なるものへと自らの聖なる本質を
打ちたてられ、
聖なる意識を世界へと高次へと連動なされて参られます
三次元世界の肉体を持たれます マスターであれ、菩薩なる在り様を
育みゆきますことにあることを伝えましょう。
三次元意識では、この世界の平和は真に構築なせなきことは
明らかでありますことを見通しゆきますものです。
それはまた宇宙の摂理でもあると伝えましょう。
精神世界といわれます枠を超えられまして、
この星にひとつの光として、位置なされます意識を
打ちたてられますことを押しゆくと伝えましょう。
しかし高次の世界は広く広域に渡ります連動でありますことも
伝えましょう。
高次的な連動がなせない限り、世界の平和は到底築きゆかれなきことを
告げましょう。
また安易にサークルを開始いたしましょとも、
真には実践にはならなきことを申します。
このブログの周波数は、既に平和の構築へと
高らかに我等高次が主導をとりて、意図をこの星の真髄に捧げ、
高次的なる循環のみを開始する方向にありますことを告げましょう。
またこのラインに縁のあられます方々に於かれましょうとも、
まずはこれらの書面にて調整をなされますことを告げましょう。
受け付けられなき意識の方はそれで宜しいものなのです。
しかし読み進めてはおられなきことを伝えましょう。
また自らが主導をとられ、
何かを成されますことを意図されましたる意識は、
しかし真なる配置は
より高らかなる聖なる意識が既にお持ちであられますことに
融和なさいますようと伝えましょう。
もしも真に高らかなる高次へと意識を昇華しつづけてゆかれましょうものならば、
自らの聖なる本質・聖なる果たしは何であられますかが
どなた様も明らかとなられましょう。
しかし高次は美しき連動のなかにての すべてが公の宇宙の職務で
あられます。
個人的なることからかけ離れたところにあります体系のなかに
位置しておられますものが 高次の意識でありますことを
真摯に見開かれますよう。
悟りを意図なされておられますものならば、
根底からの純粋なる昇華をこそ目指されますよう。
自己へ還元をなされましょうとも、いつかはまた限界へと
到達なさり、
早き道程は、先達の種々なる無条件の貢献者の如くの在り様にこそ
高らかで太き聖なる高次との連動はあられます。
それらの意識は自らへの還元を何をも意図なされなき遂行故の
真光であられますことを申しましょう。
今や連動して、自らの聖なる個性や使命をフルに発揮なさいます時
なのですと伝えましょう。
我等は確信のなかに身をおきます神聖として、
真にこの星に明らかなる聖なる平和への構築を
非常なる高次的手法で、国境を越えて
既に高次的に、我等観音の聖域のみならず、
種々なる神聖が大いなる創造主様のご神意の方向に
意をひとつとして 開始いたしておりますことを伝えましょう。
この確信がどうして揺るぎゆくものでしょうか、と申しましょう。
自らを最大に見開かれますようと申しましょう。
見開かれたならば、、自らの聖なる位置へと
導かれますようと申しましょう。
それは三次元的感情で決意できますようなものではなく、
高次的にひらめきのような周波数に乗せて 気づかれてゆくものであり、
流れる水がドアの開いたところへ進みゆくようにして、
道は運ばれて行くものと伝えましょう。
このラインに関係なされますかも知れぬと
見通されます意識であられましょうとも、
まずはこのブログ等で学ばれますよう・調整をなさいますよう。
またこのラインに関する者々も 未だ開始間際の準備の最中であり、
皆共に高次的にいざなわれ、育まれ、見通しのつかぬところで
導かれています最中でありますことを伝えましょう。
はじめからどうして出来上がるものでしょうか、と囁きましょう。
皆々が築きゆかれます聖なる平和であられますことを
伝えましょう。
高次的な歩みこそを目指されます方々は、
真に純粋なる道行をこそ 目指されますよう。
より高き次元の昇華こそを目指されますよう。
自らに都合良き方向は、真にはまた高らかなる段階に於かれて
手放しにかけられますことを見通されますよう。
しかしバランスに裏づけられた昇華はすべてを美しく整え、
足らずも足りすぎることもなく、
その聖なる個性に見合われた在り様を具体化しはじめますことを
見通されますよう。
その在り様が 平和の構図ともなるものなのです。
人であられますものならば、具現化こそ目指されますよう。
祈りや希望のなかのみに
愛の世界を構築成されましても始まりません。
しかしまた、焦りて高次的なる手法をなさずして、
改革へと向われましょうとも、引き上げにはなられません。
先ずは学ばれますよう。
学ばれますよう。
我等は真摯に自らを昇華なされ、
自己のみならず、この星を聖なる平和へと向わせゆかれます
高次の存在をこそ、次第に世にあわらすことでしょう。
しかし賞賛を求められますものならば、
その道行は聖なるものをいざなわれません。
賞賛や成功を望み掴もうとなされずして
昇華の道行は極められてこそ、真光は差し掛けられますことを告げましょう。
このラインでなくして宜しいものです。
しかし真摯に丁寧に極みゆこうと決意なされる意図を
掲げゆかれますものならば、
真に 先ずは学び深められますようと申しあげますものなのです。
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