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共生への道のり

聖なる平和への礎は、
すべてのありとあらゆるものとの共生への打ちたてと
なりましょう。

すべてのありとあらゆるものと 如何にして共に歩みゆかれますかに
自らの知恵をくだかれますよう。

如何に行動をなすことが真の根底からのこの星の救済となられますかに
自らの英知を捧げられますよう。

人はモノを差し出し・パンを与え、
しかしそれのみが聖なる救済ともならず、
如何にしてこの星の不均衡なることの多大であられますかに
真理を見通されますようと伝えましょう。

問題の根源にあられますものは
如何なるものかを紐解かれますようと伝えましょう。

すべての境遇はその意識の共時にていただかれておられます。
自らがまた今生のはじめより、貧苦を請け負われましての
存在であられますことも少なくはないものです。

境遇がいけないものではなく、
しかし何故にこの小さな地上に種々なる境遇・環境が
据え置かれておられますかに、自らの深奥の目を覚めされますよう。

不均衡なる世の如何なるところへの気づき・目醒めが
その根源の事象を引き上げて参られましょう。

皆表層で応急処置はなさりましょうとも、
尽きない事象は繰り広げられてまいられましょう。

それはその国の問題であられますものなどではなく、
この星のみならず、また我等もふくめた全体に
関わられますことを伝えましょう。

我等はそれらを悲惨であるとか悲しみ・闇であられますとかの
判定をくだしゆきますものではありません。

すべては公平に育みを受けてはおられますものの、
過酷なる事象は引き上げゆかれ、安泰なる在り様へと
昇華をなされますことにこそ、光は射し入れられますと伝えましょう。

非常に過酷なる在り様に喘ぎゆかれます方々は、
真に立ち上がり参られますことを、意図なさいますよう。
しかし掻き分けて参られます在り様は、結果として
聖なる到達へとはなられません。

種々なる福祉の体系はあられますものの、
規制のなかで身動きはとれず、表層のみの手渡しをつづけられますことに
意義を見通しますものの、それのみの繰り返しでは
根底からの事象の変容とはなられなきことを伝えましょう。

先ずはこの世にあられますあらゆる事象に、
自らが関連なされておられますことにこそ目醒め参られますよう。

しかし我等は容易に恐怖を煽りゆきますものではありません。
飢餓であれ、戦争であれ、環境なる問題であられ、
すべてはすべてのありとあらゆる意識と皆共時にて起こりきておられます。
まずはそれらを目の前に置かれますようと申し上げますものなのです。

それらの事象に既にお関りをお持ちになられておられます方々も
少なくはあられなきことでしょう。

我等は使命と申しますものは理屈を越えていざなわれてゆくものと
伝えゆきますものです。
もはや理屈を越えてそこへいざなわれ、開始なされておられます
ものならば、そのことを果たされますようと申しましょう。
灯火者は真に大事なる手足となられておられます。

しかし、またより多くの意識が、
自己の別なる生き方を模索なさりておられます。

聖なる貢献はどの意識にも果たしは可能でありますことを伝えましょう。

しかし我等はここでは、より高次的なる見開きと叡智・手法・連動を
用いられましての新たなる展開をこそ、模索なさいますようと真に
背を押しゆくものなのです。

より高次的なる自他共に同時にすべてを引き上げゆかれます叡智と
その手法は明らかにあるものです。

それを見開かれずして、既存の在り様に灯火なさいましても、
このラインの聖なる灯火の役目のあられます方々には、
何をも具現とはなられなきことを伝えましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

未だこのラインも真なる具現に就いてはおられません。

見開かれますよう。
見開かれますよう。


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2008年08月16日 20:53に投稿されたエントリーのページです。

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