聖なる平和とは、
人が自己の限界を超えられ、
全体はひとつであるという大いなる価値観に目醒められましたとき、
それはベルリンの壁の崩壊を超えゆくようにして、
すべての体系は慈悲慈愛に根ざされてゆく在り様を
申し上げますものです。
しかし我等は革命や改革と唱えますものでは真になく、
聖なる価値への目醒めは非常なる意識の昇華を必要となすことを
見通し、それはまた簡易に短期間で果たせるものではありません。
このラインのみならず、悟りゆかれます意識は、
如何にしてすべてに均衡で慈悲慈愛に開かれた世界の具現が
この星に必須であられますかに次第に見開かれて
ゆかれますことでしょう。
人のみを中心となされた視野では 環境の補正や
また、あらゆる境界を越えた聖なる体系は具体化なされません。
戦争や飢餓や愛情に対する種々なる問題も、
超越することは真には不可能では全くなく、
如何に多くの意識が自己への固執を昇華なされ、
慈悲慈愛へと見開かれた視野へ移行なされてゆかれますかに
ありますと伝えましょう。
今既にその模索をはじめかけたとろこにありますことを伝えましょう。
しかし、それは真に僅かなる一歩であり、より見開かれた新たなる
聖なる叡智は必須なるものとなるものです。
個々に高らかな聖なる使命を既におもちであられますことは
何度も語りゆきてまいりました。
自らの本質をこそ、立ち上がらせて参られますようと
お伝えいたしますものなのです。
このような轍は真には道なき道の新たなる光の扉を開きゆかれます。
しかしまた、決して容易であられますものではないものです。
しかし勝ち抜きの三次元世界に身を置かれ、減退をなさられます
ならば、真には悟りこそが、すべての救済となられます。
歩まれますよう。
歩まれますよう。
御心に響かれましたならば、そのときであられますことを伝えましょう