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0・正観世音菩薩様からのご啓示 アーカイブ

2008年07月10日

正観世音菩薩様からのご啓示

正観世音菩薩様のお言葉  聖なる 轍  

 「 聖なる轍とは、自らの本質に立ち返られます経緯を越えて辿り着かれ
るものです。人はこの星で惑い・また自らの目標なるものを掲げられてそ
れを掴み取ろうと格闘の中で生きておられますようなものです。
真なる個々の道筋がどこにあるのかを見通しきれずにただ惑われておら
れますことに我等高次の聖なる意識は常に申しあげるものです。自らが
自らの行く道に意識の経緯の筋をお通しになられなき限りは常に迷路は
つづくものですと。

機軸というものは、(それは宇宙を貫かれます循環の法則であります。)
何事にも公平であり全体に渡りているものです。人は表層のみを捉えて、
それは幸福であるとか不幸である、なかには罰が当たったものであると
捉えられます。しかし遥かなる高らかさから我等が見通しますならば、す
べては非常に大きな経路のなかで育まれておられます最中であると申
すものです。

我等の価値はこの星の小さな個に固執なされた枠をかけ離れて超えた
ところにあるものです。人は個に固執し、自らのみを救おうとなされます
が故に救われません。この星の小さな意識は個の救済から未だ昇華を
成されておられません。小さなことです。人が如何に誰かより優れゆくか
を例え多勢のなかで鮮やかに証明をなされたといたしましょうとも、我等・
また真に神ちかき高次にはそれらの小さなこの星の誉れなるものをその
ままに聖なる誉れとはまた別なる視野で捉えゆくものであることを告げま
しょう。賞賛を求められますならば、自らを真には称えておられません。
その枯渇は他者からの誉れを求めゆくことにより癒されますことを自らへ
与えようとなされておられますと伝えましょう。

この星の道理なるものは、未だ聖なる域に到られてはおられません。
この星の慣習・意識の在り様を我等は決して否定しているものではあり
ません。しかし未だ聖なる成熟にいたられておられなきことを真に伝えゆ
きましょう。

悟り・覚醒と言葉で如何にそれを望まれましょうとも、真なる極めとは意
識の根底からの昇華であり、個々の小さな所望・成功を掴みゆくことを遥
かに越えた聖なる本来の慈悲慈愛・無条件の愛へと立ち返られますこと
です。そして聖なる強さを持たれて、未だこの星が到達しえておられなき
聖なる融和・聖なる根底からの平和への聖なる礎となり、自らをも他者を
も真に公平に共に引き上げながら、より聖なる高き英知を紐解かれことを
告げましょう。

この星のみならず全体(全宇宙)の意識の連動に添われながら、本来の聖
なる使命・聖なる自己の果たしへと目覚め参られ、その灯火へこそ立ち上
がり参られますことを掲げゆくと伝えましょう。それなくしてどうしてそこに
居られましょうか。

目覚められますよう。目覚められますよう。真なる道行とは根底からの見
開きなくしてどうして極めゆかれましょうか。小手先の器用なる生き方ば
かりを学びゆかれましょうとも、根源なる自己の目醒めをなさらずして真
なる道は歩みきれないと告げましょう。      正観世音菩薩 」

2008年08月14日

聖なる平和への模索   

聖なる平和とは、

人が自己の限界を超えられ、
全体はひとつであるという大いなる価値観に目醒められましたとき、
それはベルリンの壁の崩壊を超えゆくようにして、
すべての体系は慈悲慈愛に根ざされてゆく在り様を
申し上げますものです。

しかし我等は革命や改革と唱えますものでは真になく、
聖なる価値への目醒めは非常なる意識の昇華を必要となすことを
見通し、それはまた簡易に短期間で果たせるものではありません。

このラインのみならず、悟りゆかれます意識は、
如何にしてすべてに均衡で慈悲慈愛に開かれた世界の具現が
この星に必須であられますかに次第に見開かれて
ゆかれますことでしょう。

人のみを中心となされた視野では 環境の補正や
また、あらゆる境界を越えた聖なる体系は具体化なされません。
戦争や飢餓や愛情に対する種々なる問題も、
超越することは真には不可能では全くなく、
如何に多くの意識が自己への固執を昇華なされ、
慈悲慈愛へと見開かれた視野へ移行なされてゆかれますかに
ありますと伝えましょう。

今既にその模索をはじめかけたとろこにありますことを伝えましょう。
しかし、それは真に僅かなる一歩であり、より見開かれた新たなる
聖なる叡智は必須なるものとなるものです。

個々に高らかな聖なる使命を既におもちであられますことは
何度も語りゆきてまいりました。

自らの本質をこそ、立ち上がらせて参られますようと
お伝えいたしますものなのです。

このような轍は真には道なき道の新たなる光の扉を開きゆかれます。

しかしまた、決して容易であられますものではないものです。

しかし勝ち抜きの三次元世界に身を置かれ、減退をなさられます
ならば、真には悟りこそが、すべての救済となられます。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

御心に響かれましたならば、そのときであられますことを伝えましょう


2008年08月16日

共生への道のり

聖なる平和への礎は、
すべてのありとあらゆるものとの共生への打ちたてと
なりましょう。

すべてのありとあらゆるものと 如何にして共に歩みゆかれますかに
自らの知恵をくだかれますよう。

如何に行動をなすことが真の根底からのこの星の救済となられますかに
自らの英知を捧げられますよう。

人はモノを差し出し・パンを与え、
しかしそれのみが聖なる救済ともならず、
如何にしてこの星の不均衡なることの多大であられますかに
真理を見通されますようと伝えましょう。

問題の根源にあられますものは
如何なるものかを紐解かれますようと伝えましょう。

すべての境遇はその意識の共時にていただかれておられます。
自らがまた今生のはじめより、貧苦を請け負われましての
存在であられますことも少なくはないものです。

境遇がいけないものではなく、
しかし何故にこの小さな地上に種々なる境遇・環境が
据え置かれておられますかに、自らの深奥の目を覚めされますよう。

不均衡なる世の如何なるところへの気づき・目醒めが
その根源の事象を引き上げて参られましょう。

皆表層で応急処置はなさりましょうとも、
尽きない事象は繰り広げられてまいられましょう。

それはその国の問題であられますものなどではなく、
この星のみならず、また我等もふくめた全体に
関わられますことを伝えましょう。

我等はそれらを悲惨であるとか悲しみ・闇であられますとかの
判定をくだしゆきますものではありません。

すべては公平に育みを受けてはおられますものの、
過酷なる事象は引き上げゆかれ、安泰なる在り様へと
昇華をなされますことにこそ、光は射し入れられますと伝えましょう。

非常に過酷なる在り様に喘ぎゆかれます方々は、
真に立ち上がり参られますことを、意図なさいますよう。
しかし掻き分けて参られます在り様は、結果として
聖なる到達へとはなられません。

種々なる福祉の体系はあられますものの、
規制のなかで身動きはとれず、表層のみの手渡しをつづけられますことに
意義を見通しますものの、それのみの繰り返しでは
根底からの事象の変容とはなられなきことを伝えましょう。

先ずはこの世にあられますあらゆる事象に、
自らが関連なされておられますことにこそ目醒め参られますよう。

しかし我等は容易に恐怖を煽りゆきますものではありません。
飢餓であれ、戦争であれ、環境なる問題であられ、
すべてはすべてのありとあらゆる意識と皆共時にて起こりきておられます。
まずはそれらを目の前に置かれますようと申し上げますものなのです。

それらの事象に既にお関りをお持ちになられておられます方々も
少なくはあられなきことでしょう。

我等は使命と申しますものは理屈を越えていざなわれてゆくものと
伝えゆきますものです。
もはや理屈を越えてそこへいざなわれ、開始なされておられます
ものならば、そのことを果たされますようと申しましょう。
灯火者は真に大事なる手足となられておられます。

しかし、またより多くの意識が、
自己の別なる生き方を模索なさりておられます。

聖なる貢献はどの意識にも果たしは可能でありますことを伝えましょう。

しかし我等はここでは、より高次的なる見開きと叡智・手法・連動を
用いられましての新たなる展開をこそ、模索なさいますようと真に
背を押しゆくものなのです。

より高次的なる自他共に同時にすべてを引き上げゆかれます叡智と
その手法は明らかにあるものです。

それを見開かれずして、既存の在り様に灯火なさいましても、
このラインの聖なる灯火の役目のあられます方々には、
何をも具現とはなられなきことを伝えましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

未だこのラインも真なる具現に就いてはおられません。

見開かれますよう。
見開かれますよう。


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2008年08月23日

国を動かしゆくもの

人々は小さな自己の
三次元的打ち立てのために
その証しとしての国を置かれてきたと伝えましょう。

国の繁栄は自らの希望・夢の一部であることを
共有しておられます。

もしも政治や社会に関心が薄く、
また自らの三次元的活路に乏しければ、
その人々は現実を委ねゆく傾向にあると申しましょう。

しかしまた政治は縦割り的な英知の結集であり、
統制や金融・外交での政治的折り合いのために
三次元的に硬直した力の編制のなかでの
情緒的にも慈悲慈愛という根本からも
一線を於かれた体系にあると申しましょう。

それらの中心に真の愛を据え置くならば、
中心からすべては変わり来るものでしょう。

しかしまた政治ほど精神性からかけ離れていることを
無意識に臨まれている体系もありません。
人々は政府に愛よりも、
他国からの脅威に対する守護の強化や
世界的な生存のなかでの安定の確保等、
概ね政府の政策は愛を基本とした周波数ではなく、
外側からの敵に対する対策・警護、
また内政に於かれましても 愛とはかけ離れた
人々の種々な不満の声を埋めゆくような周波数であることを
伝えましょう。

それらの体系を築きあげていますものが
人々全体であられますことに目醒められますようと
申しましょう。

人々は愛を求めながらも、
国には愛を求めてはおられません。

平和を求めながらも
他国の脅威を許しながらも
信頼のないものに対する警戒は緩められず、
常に緊張の関係にあることを申しましょう。

人々は戦争からの超越を求めながらも、
先に武器を手放されません。

内政も 愛よりも
人々の不満の声にて主導のなされます。

政治家は愛よりも戦うことを求められ、
国会なるものは常に戦の如くです。

それらの根底にあるものは不信からの脅威であると
伝えましょう。

それを築かれていますものは、
政治家ではなく、すべての人々の意識なのですよと
伝えましょう。

最も国の中心は、政府であることを伝えましょう。
しかしそれを築きゆかれますのは 人々なのですよ。

しかし人々はそこへ愛を求められません。
愛よりも現実的に
他国の敵や内政の数々の愛でない取り組みに
勤しまれますことを望まれておられます。

そして生きにくい、と呟かれます。

どなた様が成されても同じであるものではないものの、
はじめから無関心であられますことは、
自らが先にこの世界から逃避をなされておられましょう。

この地上に愛の政治の種を蒔かれますようと
伝えましょう。

人々は余りにも政府に愛を求めておられません。
人々は余りにもこの星に無関心でおられます。
人々は自らが 自国のみならず
すべての世界と一連となりておられますことこそに目醒められ、
政府に愛のハタラキこそを築かれますようと申しましょう。

行く末はすべての世界へと橋を架けゆく
未来を今から耕かされますようと伝えましょう。

自らも愛の種こそを蒔かれ、
愛の具体化へこそ歩み参られますようと申しましょう。

不足を奏でられましても、不足の世しか築かれません。

無関心であられましょうとも、
自他共に無責任なるものを 築かれましょう。

我等は真なる愛の具体化は、
今の世の轍を通りましたうえでの昇華であられますと伝えましょう。
道なき道を築かれますことも、
現実を踏みしめられましたうえでの実現であられますことを伝えましょう。

意識であると申しましょう。

愛こそを具体化なさいますために、
現実こそを切り開き参られますようと伝えましょう。

先ずはあなた様の愛こそが、
今の世に欠けておられますことに気づかれますよう。
目醒められますよう。

あなた様の愛こそが
世界を築いてゆくものなのです。

我等は 士気を高め 愛の革命を
起こされますよう などど申しているものではありません。

革命や運動を超えた
高次的な聖なる歩みをこそ模索なさいますようと
提示しますものなのです。

人は政府や世界の機構に 
愛そのものを求めはじめられますとき、
その愛の世論は 世の体系を動かしてゆけることを
はっきりと見通すことができるものです。

それまでの歴史に於いて、
人々は幾度か立ち上がられました。

しかし未だ愛のために打ち立ててゆく大いなる転機を
迎えてはおられません。

我等は既に 高次的な手法をもち、
このラインでも徹底なされた高次的手法にて、
愛の世への打ちたてへと 聖なる波を揺りおこすべく、
聖なる意図を立て始めていることを申しましょう。

その準備が必要なのですとも伝えましょう。

平和を築かれますには築こうとなさいます意識が
 先ず先に平和なる周波数を保持してゆかれなければ、
決して 聖なる世の体系は築かれません。
すべては周波数に共時なされた事象を呼ばれましょう。

我等は如何にして 平和なる愛の周波数を個々が備えられまして
崇高な果たしへと 自らをかえりみられますことなく、
高らかに高次的に着手できるかに、
隅々まで我等の手法を用いて、ここに進めゆくことを
開始していますものですと申しましょう。

大事なることは、愛の光を、愛の聖なる力を
人々が目醒められますことなのですと伝えましょう。

少数が多勢になりますまでが、聖なる峠であられますことを
伝えましょう。

しかし焦る必要も、策も何一つ必要はなく、
既に高次にすべては確信のなかに用意なされていますものなのです。

参られますよう。
参られますよう。

地球の昇華は現実にこそ、大いなる入り口はあるものなのです。
人が真摯に愛を築きはじめます時、
宇宙のすべてが より聖なる連動を織り成すことでしょう。

この星を愛に見開かれました聖なる世界へと
築きゆかれますことこそに 聖なる崇高さは放たれますことを
伝えましょう。

それは多くの聖なる使者によりて、
やがてカタチを織り成されはじめますことでしょう。


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2008年08月24日

三次元世界からの超越

三次元世界は愛の枯渇を共有している
次元のなかにあるものです。
愛に満ち足りた聖なる波動を保持する者は
わずかとなられます。

この星の常識や世論と申しますものは、
多勢である愛の枯渇のある意識の感情的な英知のうえに
広がりをもたれておられますことを伝えましょう。

人々は自らと意見の合わない者や異質の思想に対して
常に過剰なる抵抗を示しつづけておられますことを
伝えましょう。

抗体反応を起こし過剰なる砦を築かれますかの如くに
異質なるものには無意識に危険を捉えゆく方向のあることを
伝えましょう。
しかし肉体に於かれまして
抗体は種々なる病から現実に守りつづけておられます。

我等は肉体よりも、意識の方が常に先行していますことが
摂理であり、
意識の見開きは 細胞の在り様にも、より聖なる進化を
与えてゆけることを既に見通しているものですと
申しましょう。

しかし三次元意識は集団で未だ高次的昇華への道行を
押し留めておられますとも伝えましょう。

愛の枯渇である意識と申しますものは、
不信の礎にある意識でありますが故に、
一度掴まれたものを なかなかに手放し難い
性質であられますことを伝えましょう。

本質的に宇宙への信頼が薄く、不信を手放されません。
不信から皆様々な確保をなされておられます。

金銭や土地…
家族であられましょうとも、
生きてゆくための保険や担保のようなる関係が
真には少なくはないことを伝えましょう。

種々な功績の在り様も、社会の体系も、組織の制度も、
概ねが心底にある不信を払拭するかのごとくの
手法の構図であられますことを告げましょう。

もしもこの星の住民の大半が愛に満たされたる意識で
あられますものならば、
あれこれと所有なさろうとなされますことも、
保証を求められますこともなく、
もはや何をも求めずしてより愛にあふれかえる世界を
構築なされてゆかれますことでしょう。

そして、枯渇に凝縮されましたる意識と申しますものは、
我等の語りをも そのような夢ごとはありえないと
固く蓋をなさいましょう。
しかしそれこそが愛の枯渇の故であられます。

政治であれ、
宇宙への信頼薄きものは世界全体への脅威を隠されません。
恐怖の大きい三次元意識ほど、世界を先に敵対してしまわれます
ことが大半であられますことを伝えましょう。

概ね非常なる恐怖の持ち主が 
国や民族を束ねゆかれますことも少なくはないものです。

安心を与えずして、
自らの恐怖をより世の現実と捉えられますものならば、
世は常に動乱となられましょう。

しかし主となられますもののみが恐怖を持たれますものではなく、
概ねの人々が共時の恐怖を所有なされておられます故であり、
その恐怖を払拭するべく、意識の昇華を成されずして、
仮想の敵を多く互いに産み出しておられますことを伝えましょう。
それらの意識は敵を倒している瞬間のみが安泰であられます。

戦争も殺人も 意識の心底に恐怖がなければ、
相手を射止めることが出来ません。

戦いの多き時代や地帯と申しますものは、
不信や恐怖の具体化であられますことを告げましょう

それらの地帯は死というものをより許容なさいますことで、
この世界最大の闇となされて疑われなき 
死への恐怖や 不信から渦を巻いてくる脅威のエネルギーを
沈滞なされますまでは、恐怖の具体化はつづかれましょう。
それは、また悟りへの過程であられます。

それらは宇宙の法である摂理によって、
戴かれておられます。
闇はただ闇であるためにいざなわれますものではなく、
それもまた昇華への道行であられます。

地球は自らの代償を払われながらも、
大いなる意識の目醒めを 今日も育まれておられます。

すべての問題の裏側に
この愛の枯渇が故に引き合わされます学びの手法が 
宇宙よりいざなわれていると申しましょう。
この星のあらゆる事象に、
宇宙のからの育みがあられます。

しかし未だ人は根底から愛というものを
創造しようという決意には至られません。

枯渇の感情を掴まれたまま、
慣れ親しんだ意識の方向を 手離されずにおられます。
そして、まるで愛だけを奏で構築するものならば、
それは決して生きてゆけないものだと
三次元意識の主導による神話を手離されません。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

枯渇の意識は 愛さえも敵にまわしておられますことに。

愛のみが すべてを救う体系を築きゆけるものなのに、
それを未だに 概ねの枯渇を請け負われます人々は
いざというとき、愛よりも 不信を選ばれ、
また鎧をつけてゆかれますことを伝えましょう。

★我等はここで、聖なる平和とは、
今戦争等のあられます非常なる枯渇の地帯に種を蒔かれましょうとも、
何をも見通しゆけぬことを申し上げますものなのです。

恐怖のあられます方々は、共時の対象をいただかれますことに於かれて
そこで自らの鏡をいただかれます。

戦争等に引き合わされますすべての意識が恐怖を持たれておられますものではなく、
果たし故の灯火であられますことも少なくはありません。

しかし肉体を請け負われますことは、
どのような聖なる意識と連動なされておられましょうとも、
三次元的傾斜の影響は受けてゆかれますものなのです。

そのことは闇ではなく、大いなる学び開きとなりておられます。

戦場であられましょうとも、
飢餓の場であられましょうとも、
意識は共時にて必要なる場や鏡をいただかれ、
共に昇華の途を授けられておられますことを申しましょう。

意識の見開きには 安定なされたる地帯であられますことが、
真には 開かれやすきことに気づかれますよう。
しかしそれは、選ばれておられますという意味ではありません。

もしも非常に見開かれておられましょうものならば、
それは摂理的により複雑なる果たしへといざなわれて参られますことが
道理となられますことを伝えましょう。

我等のこの奏でを概ね お受け取られて、
あなた様はこれを読みすすめられますことが可能であられますことに
自らの見開きの概ねを見通されますようと伝えましょう。

我等は人に合わせて申しゆきますものではないものです。
人の意識が我等高次へとより自らを打ちたてられますことを
真摯にいざないゆきますことが 本筋でありますことを告げましょう。

我等の真意は、
誠に平和なるものへと自らの聖なる本質を
打ちたてられ、
聖なる意識を世界へと高次へと連動なされて参られます
三次元世界の肉体を持たれます マスターであれ、菩薩なる在り様を
育みゆきますことにあることを伝えましょう。

三次元意識では、この世界の平和は真に構築なせなきことは
明らかでありますことを見通しゆきますものです。
それはまた宇宙の摂理でもあると伝えましょう。

精神世界といわれます枠を超えられまして、
この星にひとつの光として、位置なされます意識を
打ちたてられますことを押しゆくと伝えましょう。

しかし高次の世界は広く広域に渡ります連動でありますことも
伝えましょう。
高次的な連動がなせない限り、世界の平和は到底築きゆかれなきことを
告げましょう。

また安易にサークルを開始いたしましょとも、
真には実践にはならなきことを申します。

このブログの周波数は、既に平和の構築へと
高らかに我等高次が主導をとりて、意図をこの星の真髄に捧げ、
高次的なる循環のみを開始する方向にありますことを告げましょう。

またこのラインに縁のあられます方々に於かれましょうとも、
まずはこれらの書面にて調整をなされますことを告げましょう。

受け付けられなき意識の方はそれで宜しいものなのです。
しかし読み進めてはおられなきことを伝えましょう。

また自らが主導をとられ、
何かを成されますことを意図されましたる意識は、
しかし真なる配置は 
より高らかなる聖なる意識が既にお持ちであられますことに
融和なさいますようと伝えましょう。

もしも真に高らかなる高次へと意識を昇華しつづけてゆかれましょうものならば、
自らの聖なる本質・聖なる果たしは何であられますかが
どなた様も明らかとなられましょう。

しかし高次は美しき連動のなかにての すべてが公の宇宙の職務で
あられます。
個人的なることからかけ離れたところにあります体系のなかに
位置しておられますものが 高次の意識でありますことを

真摯に見開かれますよう。

悟りを意図なされておられますものならば、
根底からの純粋なる昇華をこそ目指されますよう。
自己へ還元をなされましょうとも、いつかはまた限界へと
到達なさり、
早き道程は、先達の種々なる無条件の貢献者の如くの在り様にこそ
高らかで太き聖なる高次との連動はあられます。
それらの意識は自らへの還元を何をも意図なされなき遂行故の
真光であられますことを申しましょう。

今や連動して、自らの聖なる個性や使命をフルに発揮なさいます時
なのですと伝えましょう。

我等は確信のなかに身をおきます神聖として、
真にこの星に明らかなる聖なる平和への構築を
非常なる高次的手法で、国境を越えて

既に高次的に、我等観音の聖域のみならず、
種々なる神聖が大いなる創造主様のご神意の方向に
意をひとつとして 開始いたしておりますことを伝えましょう。

この確信がどうして揺るぎゆくものでしょうか、と申しましょう。
自らを最大に見開かれますようと申しましょう。
見開かれたならば、、自らの聖なる位置へと
導かれますようと申しましょう。

それは三次元的感情で決意できますようなものではなく、
高次的にひらめきのような周波数に乗せて 気づかれてゆくものであり、
流れる水がドアの開いたところへ進みゆくようにして、
道は運ばれて行くものと伝えましょう。

このラインに関係なされますかも知れぬと
見通されます意識であられましょうとも、
まずはこのブログ等で学ばれますよう・調整をなさいますよう。

またこのラインに関する者々も 未だ開始間際の準備の最中であり、
皆共に高次的にいざなわれ、育まれ、見通しのつかぬところで
導かれています最中でありますことを伝えましょう。

はじめからどうして出来上がるものでしょうか、と囁きましょう。
皆々が築きゆかれます聖なる平和であられますことを
伝えましょう。

高次的な歩みこそを目指されます方々は、
真に純粋なる道行をこそ 目指されますよう。
より高き次元の昇華こそを目指されますよう。

自らに都合良き方向は、真にはまた高らかなる段階に於かれて
手放しにかけられますことを見通されますよう。

しかしバランスに裏づけられた昇華はすべてを美しく整え、
足らずも足りすぎることもなく、
その聖なる個性に見合われた在り様を具体化しはじめますことを
見通されますよう。
その在り様が 平和の構図ともなるものなのです。

人であられますものならば、具現化こそ目指されますよう。
祈りや希望のなかのみに
愛の世界を構築成されましても始まりません。

しかしまた、焦りて高次的なる手法をなさずして、
改革へと向われましょうとも、引き上げにはなられません。

先ずは学ばれますよう。
学ばれますよう。

我等は真摯に自らを昇華なされ、
自己のみならず、この星を聖なる平和へと向わせゆかれます
高次の存在をこそ、次第に世にあわらすことでしょう。

しかし賞賛を求められますものならば、
その道行は聖なるものをいざなわれません。

賞賛や成功を望み掴もうとなされずして
昇華の道行は極められてこそ、真光は差し掛けられますことを告げましょう。

このラインでなくして宜しいものです。
しかし真摯に丁寧に極みゆこうと決意なされる意図を
掲げゆかれますものならば、
真に 先ずは学び深められますようと申しあげますものなのです。

      
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2008年08月28日

聖なるビジョン

高次的な光の筋が通る
三次元社会にはない 高次的組織の構築を先ずは目指すものです。

高次的な組織は 三次元の非営利団体等の枠組みから構築し、
しかしそれを高次的な叡智によって、三次元を超えた活動の拠点と
なられますようその準備をいたしますものなのです。

高次には種々なハタラキの連動があり、それらのひとつ・ひとつの
参集は美しく光の連動が織り成されているものなのです。

この地上に於かれましても完全でなくとも、自己営利を超越なされた非常
に高らかな高次的参集は必須であり、その高らかな意識の連動により、
高次的組織を展開し、聖なる慈悲慈愛の意図による平和への高次的
貢献を広範囲に開始しますことを意図しますものであることを伝えましょう。

今は組織の構築と、準備の段階であるものです。
これらの組織の構築は、三次元組織の体系を
高次的に超えていなければ意味がありません。

我等は完璧なる宇宙の機軸と常に添いますことを
このラインの道行のひとつとし、
常にバランスの昇華と、平和への貢献の両輪による
自他共にこの星の 完全なる意識の昇華の体系を
模索してゆく段階にありますことを伝えましょう。

覚醒者には共に自らの叡智と真光をこの地上に連動して
最大の遂行を発揮なさいますことが大事でありますことを見通されます。

それらをビジネス的に連動いたしますものではなく、
裾野を広げた聖なる貢献の体制として、
この地上に明らかなるひとつの高次的非営利組織を定着させ、
宇宙の摂理に添う展開により、
境界を越えた聖なる使命の連動へと進化させてゆきます

意図を高く持ちますことを伝えましょう。

いずれより組織は多重化してくるでしょう。
しかし今は、先ずは基礎の基礎を築きゆく段階でありますことを
伝えましょう。

何ごとも礎こそが大事であるものです。
これらの聖なる運営・循環は、より自らを聖なる宇宙の愛の法則
へと添わせ、自らの大いなる自己の意図に忠実となられ、
純粋に極めることを最大の道行に添えられなければ、
決して聖なる連動は織りなしつづけますことも、
まだ貢献を果たしゆくことも儘ならぬものとなりますことは
明きらかなるものなのですと告げましょう。

このラインは徹底して我等が光の示唆を差し入れつづけます
意図にあり、三次元的な営利的な意図・出会いを求める意図・
生きがいを求める意図等の意識の段階では 真に超越し、
具体化をはかりますことはできないことは明らかなるものですと
申しましょう。

我等は高いハードルながら、しかし真に覚醒の段階を
踏まえられました意識の方々にとられましては、
三次元的曖昧なる循環とは隔絶された展開として高次的共時の
導かれます回路として、
このラインを徹底してより高次的な体系へとカタチづけられますよう、
聖なる段階を踏み、我等も共に光を掲げ、

しかし我等へと依存なされずして、
自らの聖なるものを打ちたてられ、歩み参られますようと伝えましょう。

About 0・正観世音菩薩様からのご啓示

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